・ニート・ひきこもりへの対応―だれにでも起きる!?9/ 6
・U35世代-僕と仕事のビミョーな関係8/29
・「ニートな子」をもつ親へ贈る本8/11
・就職がこわい7/ 7
・叱らない教師、逃げる生徒―この先にニートが待っている7/ 4
・希望のニート6/30
・「負けた」教の信者たち ニート・ひきこもり社会論 6/28
・ニートといわれる人々 自分の子供をニートにさせない方法6/24
内容としては、悪くはない。ただ、「ニート本」であるかと言われれば、若干違う気がする。
アダルトチルドレン(AC)の心理学が主になっていて、ニートを取りあえげているのは、前半の一部のみ。それも申し訳程度に書いてあるだけ。
ニート・ひきこもりということばが流行する前には、「アダルトチルドレン」ということばが、いわゆる若者論の最前線だったように思う。
エヴァンゲリオンが流行った頃、自分探しという宗教のような物語があり、そこに若者は熱狂した。
著者の論では、かつてのアダルトチルドレンがニートになっていると述べているが、まったく違う。
サンプルとしてとりあえげられたニートの男性も、ただ母親との関係の中で、転職を繰り返すただのアダルトチルドレンで仕事をしようとする意思はあるし、実際に短いながらも働いてはいる。
※
と、タイトルに違和感を感じながら読み終えたところ、巻末に「アダルトチルドレンの心理学―なぜあなたは大人になりきれないのか?」を加筆し、文庫本化したという一行がある。
本文中で、いかがわしいアメリカの心理学のノウハウを持ち込む人々を否定していたが、このような販売手段については何も思わないのだろうか?
ニートとつければ売れるから、それでいいのか?
やっぱりこの本もただの便乗本といわざるを得ない。
昨今のニート・ひきこもり本は本当に首を傾げたくなる内容のものが多いが本書は違う。
ニート・ひきこもりの原因を社会の変化位置づけ、明確に分析がされている。
社会の変化、高度経済成長・バブルを経た成熟社会がニートを生んだこと。
そして、子どもは消費者として社会の中でさんざん持ち上げられているから、生産者(労働者)になることに強い抵抗を感じる。
この書籍の新しい視点として、オタク(ヲタク)型ニート・ひきこもりを提示している。
そして、このオタク(ヲタク)型のニート・ひきこもりが近年急増していると述べている。
オタク(ヲタク)型のニート・ひきこもりについて、若干長くなるが引用したい。
自分を守るために詭弁であるが理論武装していく、関わろうとする人を寄せつけないようにして、自分の中の不安を煽り立てないようにしていく。そしてますます学校や社会への適応を困難にさせていく。最初は人間関係の消極さから始まるが、本来、今までも人間関係の煩わしさや生き難さを薄々感じ取っていた人が、自分の趣味や好きなことだけをやっていればよいという環境が許されたのだと錯覚した時から起こる。
(中略)
意識的にも今の学校や社会に対して魅力を感じないばかりか、どこか本質的に間違っていると思っている。だから、間違った価値観の学校や社会に参加することは誤っていると考え、自分が生きていくための消極的な(消費者として)最小限の関わりにしたいと思っているようである。
(p100-101)
非常に的確・かつ明確な分析である。
オタク(ヲタク)型ニート・ひきこもりであると同時に、現代の若者論としても頷ける。
ニートの心の奥底には、「(こうなってしまったのは)自分以外の誰かが悪い」という意識がある。
それは親であったり、教師であったり、学校や社会であったりとさまざまだが、とにかく自分は悪くないと思いたい。
本書の素晴らしい部分は、実際にニート・ひきこもりが立ち直っていく具体的な事例が2例挙げられている。
詳細について、興味があれば、是非この本を読んでもらいたい。
子どもをニート・ひきこもりにするのも家庭であり、同時に立ち直る手助けをするのも家庭だけである。
どんなにNPOをはじめてしたニート支援が体系化され、仮に多くのニート対策に莫大なお金が注ぎ込まれても、家庭の、ひとりひとりの親の認識から変えなければ何の意味もない。
教育出版らしく(?)、ただのニート説教に終わらない、まさしく「ニート・ひきこもりへの対応」について書かれている。
この本は本当にオススメできる1冊です。
書籍タイトル通り、U35(35歳以下)の仕事に対する考え方のインタビュー集。
18人のさまざまな職業のU35が、生き方と仕事について語っている。
本の帯には、次のような宣伝文句が書かれている。
もっと夢中になれる仕事があるはず
もっと能力を活かせる職場があるはず
もっと評価してくれる上司がいるはず
けれど、本書の中に「これ」という答えはない。
誰もが仕事・キャリアに悩み、選んだ仕事が本当に自分にとっての「天職」であるかどうか自問自答を続けている。
もっと素晴らしい自分にとっての素晴らしい自分の居場所がある。
ここではない、どこかに。
読み進んでいくうちに、これってニートと同じなんじゃないかと思う。
ニートは、どこかにきっと夢中になれて、能力を存分に活かすことが出来て、評価してくれる上司と、分かり合える仲間がいる理想的な仕事・職場を思い描くがゆえに、その仕事・職場と現在の自分の能力のギャプに悩み、過剰に怯える。
素晴らしい仕事・職場があると信じるこそ、それに似つかわしくない自分を卑下する。
女の子への憧れが強ければ強いほど、「自分ではつりあわない」とか「自分とは似合わない」と勝手に失恋してしまうことと同じ。
このインタビューに登場したU35はとりあえず仕事はしている。
けれど、それが自分にとって最良の"ベスト"なものであるかは常に悩んでいる。
その意味ではみんな同じだ。
もっと夢中になれる仕事も、もっと能力を活かしてくれる職場も、もっと評価してくれる上司も、どこにも存在しない。
仕事というものに過剰な期待をしないこと。
仕事は人生のあくまで一部分であり、それが人生のすべてではないということ。
そこからスタートすれば、もう少しニートもU35も上手に「仕事」と付き合えるのではないだろうか?
まず第一に著者は、作家であり、ニートに関する専門家や学者ではない。
先日も紹介をした「ニートといわれる人々 自分の子供をニートにさせない方法」と同じように、内容も極めて薄い。
悩んでいる親をターゲットに本を書くんですね。
22章の読み切りのエッセイ(?)が1冊の本にまとめられたもの。
けれど、正直に言ってただのおっさんの説教ですね。
いわゆるおやじの若者批判であり、ニートについてはほとんど触れられていません。
ただのニート便乗本と言える。
amazonの出版社 / 著者からの内容紹介に次のようにある。
自身の子育て経験を踏まえ、机上論的分析ではなく、現場的実践論が展開された本書は、ぜひ、ニート問題で行き詰っているすべての人に読んでいただきたい一書です。
本当にこの通りですね。
ニート(というか、若者?)や今の社会に対して、「こう思う」というエッセイレベルであり、ニート問題で行き詰ってる人が読んでもなんの解決にもならないでしょうね。
現実的実践論なんてほとんどないです。
というより、著者のニート認識が極めて貧弱・曖昧。
昨今の出版を含めたメディアにおいて、「ニート」が、「大人の価値観にそぐわない不可解な若者」として位置づけられるのが非常に残念。
ニートを語る前に、きちんとニートを理解し(少なくとも理解する努力をし)、その上で、何らかの建設的な意見を述べて欲しいのだが・・・
精神科医でもあり、若者論・サブカルチャー論の著作も多い香山リカの若者と就職との問題を扱った力作。
本書の発行は2004年2月。
「ニート」ということばはまだ使われておらず、そのかわりに「無業」という表現を用いている。
若者のニート化(本書内では、無業化)は、社会的な構造の問題とされ、その中で若者は傷つきやすい弱者として扱われる風潮がある。
玄田有史の「ニート―フリーターでもなく失業者でもなく」などはまさしくその典型で、過剰なまでのニートへの愛情・同情に溢れている。
「ニートは働かないのではなく、働けないのだ」と。
香山リカはこの問題について、若者側の心理状況の変化を分析しており、「就職が怖い」と思う若者は次に挙げる2つの混在した感情を持つという指摘を行っている。
「自分なんか選ばれるわけがない」という極度の自信のなさ、自己評価の低さと、その一方にある「不特定を対象にした求人など自分には関係がないという特権意識」のふたつということにまとめられる(P169)
つまり、誰にでもできる仕事はしたくないが、かといって、誰にもできない特別な能力があるのかと問われれば、そんな自信もない。
ここで重要なのは能力の有無ではなく、自分には無理と思い込んでしまうことである。
斎藤環が『「負けた」教の信者たち - ニート・ひきこもり社会論』でのちに指摘しているように、競争の舞台にあがらないこと、つまり戦って敗れるのではなく、戦わずに負ける(不戦敗)ことで、自らのプライドを温存しているのである。
だからこそ今まさに行われている行政のニートへの就業支援は的外れなのだ。
ニートに就業のためのスキルをつけさせたとしても、そのスキルは決して仕事ができるという自信には繋がらない。
しかも、一長一短で身につくようなスキルで就業可能な誰でもできる仕事など彼らの眼中にはない。あくまで自分だけのための、自分でなくてはならない仕事を彼らは求めているのだから。
就職が怖いと思う若者、自分に自信が持てずにいる若者。
彼らを就職に向かわせるためには何ができるのか?
香山は仕事に過剰な期待を持つ必要性がないことを説き、次のように提案する。
夢や希望がなくても、ひとまず就職を
香山本人も認めているように、これほどまでに無粋な提案をしなければならないほど事態は切迫しているのだ。
ニートを社会の構造的な問題ではなく、個人の、若者の変化として捉えた本書は、新しい時代の働くことの意味、仕事と人生との新しい関係を示唆する意味深く、必読の書である。
著者の喜入克氏は現場の高校教師であり、その実践の中からさまざまな思想を見生み出すことを目的に活動している、とのこと。
本書はいわゆるニート本ではない。
教育論であり、教育をしっかりしないとニートになってしまう訴えを書いているニート便乗本と言えるかもしれない。
(サブタイトルの、「ニート」の文字がなければ、少なくとも僕は買わなかった)
いわゆる「新しい学力観」「ゆとり教育」が、フリーター・ニートを生んだ、というのが著者のニート観。
90年代から、学校・教師・生徒がどう変わったか?
著者が教師なので、仕方ない部分もあると思うが、学校という狭い社会の変化を書くだけで、もっと大きな社会的な背景が欠如している。
学校の位置づけが相対的に低下し、社会的な底上げがなくなった教師が、「昔はよかった」的なノスタルジーに浸っているような文章として読めてしまう。
学校が復権し、叱る教師、逃げない生徒が現れれば、ニートはいなくなるのか?
現在のシステムの中で、学校が復権することはありえないし、仮にそうなったとしても、ニートはいなくならない。
というよりも、繰り返し述べているが、ニートにしない方法ではなく、仮にニートになったとしても、そこから立ち直る方法、セーフティー・ネットについて、現場の教師に語って欲しいのだが・・・
本書の帯に、『ニート』の著者、玄田有史氏のからのコメントがある。
「この1冊ですべての誤解は払拭されるはずだ」
本当にこのコメント通り、ニートに対する的確な現状把握がされている。
著者である二神能基氏は、NPO法人「ニュースタート事務局」代表で、1993年から目的を喪失した若者をイタリアのトスカーナ地方の共同農園に預け、農作業を通じて元気を取り戻そうというプロジェクトを手がけるとのこと。
つまりニート対策のプロであるといえる。
ニートに関する評論は、どれも抽象的な話が多く、しかもそのほとんどは的を得ていないものばかりであったが、本書には具体的なニートの立ち直り事例や失敗の事例が盛り込まれ、わかりやすい。
ニートをニート個々人の問題として捉えてもなんの解決にもならないし、意味がない。
晩婚化、パラサイト化、少子化、そしてニート問題--- それらはどれも根っこでつながっていて、要するに日本社会の働かせ方、人生の楽しみの方の貧しさに起因する社会構造の問題だと私は考えているのです。(P137)
高度経済成長が終わり、バブル崩壊を経て、今の日本が直面しているのは、「人生の楽しみ方の貧しさ」そのものなんだろうと思う。
会社のために、がむしゃらに働くこと
よき妻、よき母を演じること
いい大学へ行き、一流企業に就職すること
現代とは、かつて信じてきた価値観が崩壊し、新しい価値観を見出せずにいる時代である。
「神」を持たない日本人にとって、何をロールモデルに、価値基準に生きればいいのか?
そのひとつの答えとして、ニートに希望を託すという著者のスタンスには共感できる。
ニート・ひきこもりで悩んでいる本人やその家族はもちろん、現代に生き、なんとなく思い悩んでいる人たちに読んでみて欲しい1冊であると思う。
斎藤環は今のニート・ひきこもりに象徴される若者の「確固たる自信のなさ」について、近年流行の勝ち組・負け組という二極化とあわせて次のように本書の中で述べている。
彼ら(若者たち)は、負けたと思い込むことにおいて、自らのプライドを温存しているのではないか。(略)
むしろ現状を否定することで、より高い理念の側にプライドを確保することが、彼らが「正気」でいられる唯一の手段なのではないか。(P20)
つまり、彼らは戦うことをしようとしない。
だから、決して敗れることもなく、プライドが傷つくこともない。
自らの「自傷的自己愛」にしがみつき続ける。
そして、彼らこそが「『負けた』教の信者」であると。
本書は『中央公論』誌に03年1月~04年12月まで連載された時評を再編集したものであるので、論文のような一貫性は薄い。
けれど、書き下ろしの「はじめに」という10ページほどの文章は現代の若者論を的確に評している。
また「Ⅳ ニートたちはなぜ成熟できないか」では、若者の世代論を「転向」というキーワードで読み解いているのも面白い。
キーワードは「自傷的自己愛」「自虐」
自分で自分を愛し、そしてそうして愛した自分を傷つけ、トラウマを抱え込むことでしか自らを確認できない若者がニート・ひきこもりになっているのだ。
あなたに彼らを「愛する」自信がないなら、どうかせめて、無関心のままでいてはくれまいか。(P21)
この意見にはものすごく同意できる。
ニート・ひきこもりへの対処法は、人々が彼らに無関心でいること。
人々の無責任な眼差しが、ニート・ひきこもりの自立を妨げているのだから。
書名からわかるように、子供を持つ親向けに書かれた本です。
おそらくテレビなどで、「ニート」っていうことばを耳にして、ちょっと不安に思っている母親をターゲットにしてます。
結論からいうと、この本のニート認識はズレがあると思わずにはいられません。
ニートが生まれた原因について、次のように分析してます。(P26)
日本が豊かになり、欲しいものが何でも手に入るようになった。
何でも手に入って、本当に欲しいものがなくなると、人間は寂しくなる。
寂しくなると携帯電話を使って友達と繋がっていないと、不安で仕方がない。
だからニートが生まれる。
正直、ちょっとここで首をかしげずにはいられません。
豊かになって、寂しくて、不安で仕方ないからニートになる???
そんなこと言ったら、世の中のすべての人がニートになるのでは???
そして、子どもがニートにならない手段として以下の7つをあげています。
1.家族の健康
2.心の健康
3.体の健康
4.社会の健康
5.教育の健康
6.お金の健康
7.メディアの健康
詳細については、興味があれば、是非お読み下さい。
本当に当たり前のことを当たり前に言ってるだけです。
いわゆる子育て論を、「失敗したら、ニートになるよ」って意味なく脅してます(笑)
そして、第5章(part 5)「早くからなりたい職業がはっきりするほど成功している事例」として、短大の教授にまでなった元看護士の方とバレリーナの草刈民代さんのインタビューを掲載してます。
・・・本気でそう思ってるんですか?
確かになりたい職業がはっきりしていれば、その目標が達成できればニートになる不安はありません。
ただ問題は、夢が叶わなかったときにどうするかってことです。
看護士はまだしも、誰もが草刈民代さんのようなバレリーナになれるわけではありません。
仮にバレリーナを目指したとしても、夢叶わずあきらめなければならない時期がやってきます。
成功者なんて、ほんの一握りなんですから。
だから、その成功者のインタビューではなく、夢が叶わなくてもしっかりと別の目標を見つけて、がんばっている人のインタビューを載せるべきなのでは?と疑問を感じてしまいます。
突っ込みどころ満載のニート本なのですが、一番びっくりしたのは次の描写です。
「フリーターよりも怖いニート」ということで、ニートを寄生虫に例えています。
寄生虫にもご存知の通り2種類あります。 ノミやダニは体についても叩けばつぶせますし、駆除できます。 しかし、体内に入ったサナダ虫などは見ることができなくて内面から蝕んでいきます。 (中略) それが家の中で起こると家族全体が蝕まれていって、社会的な犯罪につながっていくの がニートの怖 さなのです。(P15)
ニートは家族の内部に入り込んだサナダ虫なんですって。
そして、それは社会的な犯罪を引き起こすんですって。
じゃあ、寄生虫は駆除すべきなんでしょうか???
と、突っ込みどころは満載です(笑)
著者はニート問題の専門家なのかもしれませんが、もう少し書きようがあるのでは?と思わずにはいれません。
ニート=寄生虫 という認識がニート問題をより深刻な問題にしているのではないかと思うのです。
教育の現場に関わっている人々であるならば、「自分の子供をニートにさせない方法」ではなく、自分の子供をニートなったときにどうするか?」という方法を提示して欲しいと思います。
予防法ではなく、対処法を。