2005年08月30日
●ニートを過保護にするな!
ニート支援に国が少しずつ力を注ぐよう。
文科省は「受験戦争の中で将来を具体的に考えずに進学した結果、明確な目標を持てない学生も多い。就職にも失敗し、ニートやフリーターになる場合もある」と指摘、大学入学直後からキャリア教育を充実させるとしている。
《キャリア教育》職業観を身に付け主体的に進路を選択する能力を育てる教育。
文科省は大学を職業訓練校するつもりなのだろうか?
「希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く」で山田 昌弘氏が指摘しているように、大学→企業というパイプラインが機能しなくなった現代において、キャリア教育により、大学生の就職率があがるはずはないというのは、どう考えても明らかに思う。
また、同じ記事の後半には首を傾げたくなるような記載がある。
文科省は「職業ガイダンス以外に、普段の授業の中でも、将来の目標や仕事について意識できるようなカリキュラムづくりが可能だ。就職だけでなく、どのような失敗や危機にも打ち勝てる『人生力』を身に付けてほしい」としている。
「どんな失敗や危機にも打ち勝てる『人生力』を身につけるカリキュラム」とはいったいなんなのだろう?
そんなカリキュラムが本当にあるのならば、僕は喜んで受講したいと思う。
文科省がこんなストンキョなことを言い出すことに、ニートに対する認識のズレの根本があるように思う。
大学生をマニュアルにはめ込み、「キャリア教育」を施せば、ニートもフリーターもいなくなるなんて、時代錯誤も甚だしい。
ニートやフリーターが受験戦争の弊害と認めている一方で、なぜ同じことを繰り返そうとするのだろう。
そんなことを思いながら、「過保護」ということばを思い出した。
ちょうど僕が小学校の頃、「親の過保護」が問題になったことがあるように思う。
学校の準備から、身の回りのことまですべて母親がやってしまうので、子どもがいつまでも自立しない。
子どもは反抗期を経て、大人になる。
いつしか親のことがうっとおしくなり、そして親離れをし、自立していく。
親離れできない子ども、子離れできない親。
合わせ鏡のような共依存関係の中で、自立できない子どもはそのことをいつまでも親のせいにし、そのことに責任を感じてしまう親は、より子どもを過保護にしていく。
「自立」と「過保護」の無限連鎖
国のニート支援というのも、同じことだ。
社会がニートを過保護にすればするほど、彼らの自立への道は閉ざされる。
そして、ニートは自分が自立できないことを社会のせいにし、社会はニートを自立させるためにより強固な抑圧のシステムを組もうとする。
社会から強要される自立とは、自立という名の抑圧である。
だからせめて、ニートを放ってあげられないだろうか?
彼らに必要なのは保護ではなく、支援なのだ。
子どもをニートにさせない、のではなく、ニートになった子どもをどう支援するか?
ニートが自立しようと思ったときに、そっと手を貸してあげるだけでいい。
子どもが失敗したときに、支えることができる最低限度のセーフティーネットでいい。
過保護から自立は生まれないのだから。
2005年08月29日
●U35世代-僕と仕事のビミョーな関係
書籍タイトル通り、U35(35歳以下)の仕事に対する考え方のインタビュー集。
18人のさまざまな職業のU35が、生き方と仕事について語っている。
本の帯には、次のような宣伝文句が書かれている。
もっと夢中になれる仕事があるはず
もっと能力を活かせる職場があるはず
もっと評価してくれる上司がいるはず
けれど、本書の中に「これ」という答えはない。
誰もが仕事・キャリアに悩み、選んだ仕事が本当に自分にとっての「天職」であるかどうか自問自答を続けている。
もっと素晴らしい自分にとっての素晴らしい自分の居場所がある。
ここではない、どこかに。
読み進んでいくうちに、これってニートと同じなんじゃないかと思う。
ニートは、どこかにきっと夢中になれて、能力を存分に活かすことが出来て、評価してくれる上司と、分かり合える仲間がいる理想的な仕事・職場を思い描くがゆえに、その仕事・職場と現在の自分の能力のギャプに悩み、過剰に怯える。
素晴らしい仕事・職場があると信じるこそ、それに似つかわしくない自分を卑下する。
女の子への憧れが強ければ強いほど、「自分ではつりあわない」とか「自分とは似合わない」と勝手に失恋してしまうことと同じ。
このインタビューに登場したU35はとりあえず仕事はしている。
けれど、それが自分にとって最良の"ベスト"なものであるかは常に悩んでいる。
その意味ではみんな同じだ。
もっと夢中になれる仕事も、もっと能力を活かしてくれる職場も、もっと評価してくれる上司も、どこにも存在しない。
仕事というものに過剰な期待をしないこと。
仕事は人生のあくまで一部分であり、それが人生のすべてではないということ。
そこからスタートすれば、もう少しニートもU35も上手に「仕事」と付き合えるのではないだろうか?
2005年08月25日
●ニートはどこにいるのか?
ニートということばが、一般化して久しい。
年金問題、社会保障の問題、労働問題、家族問題etc
どんな場所にも、「ニートの増加は・・・の悪化を招く」という文脈で語られる。
ニートに興味があって、もしくは人々のニートに対する興味に興味があって、このようなサイトを作ったのだけれど、実は僕はニートに会ったことがない。
友人など身の回りに、自嘲的に「俺、ニートだから」というような人物でも、稼ぎはわずかかもしれないがアルバイトをしているフリーターだったり、何とか現状を打破しようとしている就職希望者だったりする。
ネットで「ニートの日記」と検索しても、実はフリーターだったりで、純正ニートはいない。
僕自身も数ヶ月間ニートのような状態であったことはあるけれど、でも一休みって感じで旅行したり、好きな映画見たり、何もせずにのんびりした時間を過ごしただけで、その後は社会復帰し、ニート期間も、しばらくしたら働くかぁっていう意思はあった。
厳密な定義におけるニート。
「職に就いていない、学校機関に所属もしてない、そして就労に向けた具体的な訓練もしていない」人間はどこにいるのか?
ニートは失業者とは別に考えられているから、ジョブカフェで仕事を探している若者はニートとも少し違う。
いわゆる世間の人々が想像する、享楽的で、親のお金で遊んでいて、就職する気もなく、何をするわけでもなく遊び歩いているステレオ・タイプなニート。
本当にそんな人々が数十万人もいるのだろうか?
もちろん、0人であるとは思わない。ただその数十万人という数字が、作為的な気がするのは僕だけだろうか?
2005年08月11日
●「ニートな子」をもつ親へ贈る本
まず第一に著者は、作家であり、ニートに関する専門家や学者ではない。
先日も紹介をした「ニートといわれる人々 自分の子供をニートにさせない方法」と同じように、内容も極めて薄い。
悩んでいる親をターゲットに本を書くんですね。
22章の読み切りのエッセイ(?)が1冊の本にまとめられたもの。
けれど、正直に言ってただのおっさんの説教ですね。
いわゆるおやじの若者批判であり、ニートについてはほとんど触れられていません。
ただのニート便乗本と言える。
amazonの出版社 / 著者からの内容紹介に次のようにある。
自身の子育て経験を踏まえ、机上論的分析ではなく、現場的実践論が展開された本書は、ぜひ、ニート問題で行き詰っているすべての人に読んでいただきたい一書です。
本当にこの通りですね。
ニート(というか、若者?)や今の社会に対して、「こう思う」というエッセイレベルであり、ニート問題で行き詰ってる人が読んでもなんの解決にもならないでしょうね。
現実的実践論なんてほとんどないです。
というより、著者のニート認識が極めて貧弱・曖昧。
昨今の出版を含めたメディアにおいて、「ニート」が、「大人の価値観にそぐわない不可解な若者」として位置づけられるのが非常に残念。
ニートを語る前に、きちんとニートを理解し(少なくとも理解する努力をし)、その上で、何らかの建設的な意見を述べて欲しいのだが・・・